退職前に残っている有給休暇は消化できる?
・年次有給休暇は労働者の権利
労働基準法39条は、一定の要件を満たした労働者に対して、年次有給休暇を付与することを使用者に義務付けています。
原則として、入社から6か月継続勤務し、その期間の全労働日の8割以上出勤した労働者には10日の年次有給休暇が付与されます。その後も、一定の要件を満たせば、勤続年数に応じて有給休暇が付与されます。年次有給休暇は、単なる会社の福利厚生ではありません。一定の要件を満たすことで法律上発生する労働者の権利です。
したがって、「退職する人には有給を使わせない」
という会社独自のルールによって、法律上の年休取得を一律に制限することはできません。
厚生労働省も、年次有給休暇について、原則として労働者が請求する時季に与えなければならず、利用目的を理由として取得を制限することはできないと説明しています。
・退職前でも有給休暇を取得できる
もちろん、退職予定者も年次有給休暇を取得できます。
例えば、9月30日を退職日とし、9月1日から9月30日までに取得可能な有給休暇が20日残っている場合、所定休日を除いて有給休暇を取得できる日について、退職日まで連続して有給休暇を取得することが考えられます。この場合、「最終出社日=8月31日」「退職日=9月30日」となることもあります。
有給休暇を取得している間も、雇用契約自体は退職日まで継続しています。
したがって、「最終出社日」と「退職日」は必ずしも同じではありません。
会社は退職前の有給消化を拒否できる?
原則として、会社は労働者が請求した有給休暇を自由に拒否できません。
労働基準法39条5項は、労働者が請求した時季に年次有給休暇を与えることを原則としつつ、「事業の正常な運営を妨げる場合」には、使用者が他の時季に変更できると定めています。
これが、いわゆる時季変更権です。
厚生労働省も、年次有給休暇について、原則として労働者が指定した時季に取得できる一方、「事業の正常な運営を妨げる場合」には使用者が他の時季に変更できると説明しています。ただし、会社が「忙しいから」「人が足りないから」と言えば、いつでも拒否できるという意味ではありません。
時季変更権が認められるかどうかは、個別的・具体的・客観的に判断されます。
厚生労働省は、判断に当たって、
・事業場の規模
・事業の内容
・労働者が担当する仕事の内容・性質
・業務の繁閑
・代替要員を配置できるか
・これまでの労働慣行
などを考慮すると説明しています。したがって、単に「上司が認めない」というだけで有給取得が無効になるわけではありません。
退職前の有給では「時季変更権」が特に重要
退職前の有給消化については、通常の有給取得とは異なる重要なポイントがあります。それは、時季変更権を行使しても、変更先となる日がなければ、有給取得を拒否できない場合があるということです。
例えば、9月30日を退職日としている労働者が、9月1日から9月30日までの間に残っている有給休暇を取得したいと申し出たとします。その場合に会社が、「9月1日は忙しいから、9月15日に変更する」ということができるのであれば、時季変更権が問題になります。
しかし、9月30日をもって退職するのであれば、10月1日以降に有給休暇を変更することはできません。退職後は、その会社との労働契約が存在しないからです。
厚生労働省も、退職間近に残存年休をすべて使い切って退職したいと申請した場合について、「退職をもって年休権が消滅することから、使用者は時季変更権を行使しえず、同年休取得を認めるほかありません」と説明しています。
出典:厚生労働省 「年次有給休暇 しっかり学ぼう!働くときの基礎知識」
また、厚生労働省の労働条件に関する資料でも、退職までの期間に有給休暇を取得するケースについて、変更すべき他の日がない場合には時季変更権を行使する余地がなく、請求どおり付与しなければならないと説明されています。
したがって、「退職日までに残っている有給を全部取得したい」というケースでは、会社が単純に「業務が忙しいから」という理由だけで拒否することはできません。
「引き継ぎが終わるまで有給は使えない」と言われたら?
退職時によくあるのが、「後任への引き継ぎが終わるまでは有給を取らないでください」という会社からの要請です。
引き継ぎ自体は、円滑な事業運営のために重要です。そのため、退職を決めた労働者としても、合理的な範囲で引き継ぎに協力することが望ましいでしょう。しかし、「引き継ぎがあるから、有給休暇を一切取得できない」ということにはなりません。
会社が時季変更権を行使できる場合でも、変更先となる日が必要です。例えば、「8月20日の有給は、8月25日に変更してほしい」というように、退職日までの間に代替日が存在するのであれば、時季変更権が問題となる可能性があります。
一方、退職日までの日数が限られており、すでに他の勤務日をすべて有給休暇として指定している場合などには、変更先が存在しないため、会社が「引き継ぎ」を理由として有給取得を拒否することが難しくなる場合があります。
厚生労働省も、退職間際の有給取得について、会社側が引き継ぎ等を必要とする場合には退職日を遅らせることを打診する場合があるものの、退職日を遅らせることに応じるかどうかは労働者に委ねられると説明しています。
出典:厚生労働省 「年次有給休暇 しっかり学ぼう!働くときの基礎知識」
したがって、「引き継ぎが必要なので退職日を延ばしてほしい」という会社からの要請と、「有給休暇を取得させない」という会社の対応は分けて考える必要があります。
退職日までの日数より有給休暇の方が多い場合は?
例えば、
退職日まで残り15日
その間の所定労働日は10日
有給休暇の残日数は20日
というケースを考えます。
この場合、退職日までに取得できるのは、原則として退職日までに存在する所定労働日についてです。退職日を過ぎてから、その会社の有給休暇を取得することはできません。
つまり、退職によって消滅する有給休暇について、「残り20日あるから、退職後20日間も有給扱いにしてほしい」と求めることはできません。
一方、会社が、「それなら退職日を20日後に変更して、その期間を有給にしてはどうか」と提案することは考えられます。しかし、退職日の変更に応じなければならないわけではありません。
厚生労働省も、退職に伴って残存する年休を取得するケースでは、引き継ぎ等の事情から会社が退職日を遅らせることを打診する場合があるものの、これに応じるか否かは労働者に委ねられるとしています。
有給休暇の「買い取り」を請求できる?
退職時に、「有給を使い切れないので、会社に買い取ってもらいたい」と考える方もいるでしょう。しかし、法律上、労働者が未消化の有給休暇について当然に金銭での買い取りを請求できる権利が認められているわけではありません。
厚生労働省は、年次有給休暇について、買い上げの予約をし、それに基づいて休暇日数を減じたり、請求された日数を与えなかったりすることは違法になると説明しています。
これは、会社が「有給10日残っているけれど、10万円払うから有給は取らないでください」などと、在職中の年休取得を金銭によって置き換えることを認める趣旨ではありません。もっとも、退職時などに、すでに消滅する年次有給休暇について会社が任意に金銭を給付することまで、労働基準法が一律に禁止しているわけではありません。
厚生労働省の労働条件に関する資料でも、退職の際に残日数に応じて恩恵的に金銭を給付することは、必ずしも労働基準法違反ではないと説明されています。ただし、そのことによって在職中の年休取得が妨げられてはならず、会社に買い取り義務があるわけでもありません。
出典:長野労働局「労働条件整備ハンドブック」
したがって、「会社に有給を買い取ってもらう権利がある」とは考えない方がよいでしょう。
会社から「有給を買い取るから出勤して」と言われたら?
逆に会社から、「有給を買い取るので、退職日まで出勤してほしい」と提案される場合があります。この場合、労働者が必ずその提案に応じなければならないわけではありません。
年次有給休暇を取得する権利が残っているのであれば、原則としてその権利を行使できます。もっとも、退職時に会社との間で一定の金銭を支払う合意をすること自体が直ちに違法になるわけではありません。
例えば、「未消化の年休について○万円を支払う代わりに、双方が今後の請求をしない」などの合意をする場合には、単純な「有給の買い取り」とは異なる問題になります。
このような合意には法的効果が生じる可能性があるため、会社から書面への署名を求められた場合には、内容をよく確認することが重要です。
特に、
・未払い残業代
・退職金
・損害賠償
・競業避止義務
・秘密保持義務
・未消化年休
などについて「これ以上一切請求しない」という清算条項が入っている場合には、安易に署名しない方がよいでしょう。
有給休暇を消化しながら転職活動できる?
有給休暇を取得している期間中に、転職活動をすること自体は、通常、それだけで違法になるわけではありません。
例えば、
・転職サイトへの登録
・求人への応募
・面接
・転職エージェントとの面談
・ハローワークへの相談
などを行うことは可能です。
ただし、有給休暇を取得している期間も、退職日までは現在の会社との労働契約が継続しています。
そのため、
・会社の就業規則
・副業・兼業に関する規定
・競業避止に関する規定
・秘密保持義務
・顧客情報等の取扱い
には注意が必要です。
特に、現在の会社と競合する会社に、退職前から実質的に勤務を開始するようなケースでは、単なる転職活動とは異なる問題が生じる可能性があります。転職活動と、競業会社で実際に働き始めることは分けて考える必要があります。
有給消化中に失業保険の準備をしてもよい?
転職活動と同様に、失業保険について調べたり、必要書類を準備したりすること自体に問題はありません。ただし、雇用保険の基本手当については、「失業」の状態にあることが前提です。
ハローワークは、「失業」とは、離職した者が、就職しようとする意思と、いつでも就職できる能力があるにもかかわらず職業に就けず、積極的に求職活動を行っている状態をいうと説明しています。有給消化中であっても、退職日までは現在の会社との雇用関係が続いています。
したがって、「有給休暇を消化しているから、すでに失業している」ということにはなりません。基本手当の受給手続きは、原則として離職後に行うことになります。退職後すぐに就職する予定なのか、失業状態になるのか、病気等によりすぐに就職できないのかによっても扱いが変わるため、必要に応じてハローワークへ確認しましょう。
出典:ハローワークインターネットサービス「雇用保険の具体的な手続き」
最終出社日・有給消化・退職日はどう決める?
退職時には、少なくとも次の3つを区別して考えることが重要です。
①最終出社日:実際に会社へ出勤する最後の日です。
②有給消化期間
③退職日:労働契約が終了する日です。
例えば、
8月31日:最終出社日
9月1日~9月30日:有給休暇
9月30日:退職日
という形が考えられます。この場合、9月中は会社に出勤していなくても、雇用契約上は9月30日まで在籍しています。
実務上は、退職届を提出する前に、
・残りの有給日数
・退職希望日
・所定労働日
・最終出社日
・有給取得予定日
・引き継ぎ期間
をカレンダー上で整理しておくとよいでしょう。
有給申請を拒否された場合、会社へどう伝える?
会社が有給取得を拒否した場合には、書面やメールなど記録に残る形で申請することをおすすめします。例えば、次のような伝え方が考えられます。
「○月○日付で退職する予定です。残存する年次有給休暇○日について、○月○日から○月○日まで取得したく、申請いたします。必要な引き継ぎについては、○月○日までに可能な限り対応します。」
会社から、「引き継ぎが終わるまで認めない」と言われた場合には、
「有給休暇の取得について、時季変更権を行使するということでしょうか。また、その場合の変更先となる具体的な取得日をご教示ください。」
と確認する方法があります。
もちろん、実際に会社側が「事業の正常な運営を妨げる」と主張している場合には、個別事情を踏まえて検討する必要があります。ただ、「忙しいから」という抽象的な説明だけなのか、具体的にどのような事情があるのかを確認することは重要です。
退職届と有給申請は別に考える
実務上、よくある問題が、「退職届を出したら、有給申請を拒否された」というケースです。退職の意思表示と、有給休暇の取得は別の問題です。期間の定めのない労働契約について労働者が退職を申し出る場合には、民法上の期間の定めのない雇用の解約申入れに関する規定などが問題となりますが、就業規則、雇用契約、退職日までの期間等によって具体的な検討が必要です。
また、有給休暇の取得については労働基準法39条の問題になります。
そのため、「退職することになったから、有給休暇はなくなる」ということではありません。むしろ、厚生労働省は、退職日をもって年次有給休暇の権利が消滅することを前提として、退職前に残った年休を取得する場合には、会社が時季変更権を行使できないケースがあると説明しています。
会社が有給消化を拒否したら労働基準監督署に相談できる?
会社が有給休暇を正当な理由なく取得させない場合、労働基準法違反が問題となる可能性があります。厚生労働省は、労働者が請求する時季に所定の年次有給休暇を与えなかった場合、労働基準法上の罰則の対象となり得ることを説明しています。
そのため、労働基準法違反が疑われる場合には、労働基準監督署へ相談することが選択肢になります。ただし、労働基準監督署が、すべての退職・有給をめぐる民事上の争いを解決してくれるわけではありません。
例えば、「会社が有給を認めない」という労基法違反の問題と、「会社に損害賠償を請求したい」「退職条件について会社と交渉したい」という民事上の紛争は、区別する必要があります。
厚生労働省も、労働基準法については労働基準監督署による監督指導や罰則によって履行を確保する一方、労働契約法等に関する民事上の紛争については、都道府県労働局の個別労働紛争解決制度が用意されていると説明しています。
出典:厚生労働省「適切な労務管理のポイント」
労働局の「総合労働相談コーナー」も利用できる
会社との話し合いだけでは解決しない場合、都道府県労働局の総合労働相談コーナーに相談する方法があります。
総合労働相談コーナーでは、
・解雇
・雇止め
・配置転換
・賃金
・いじめ・嫌がらせ
・パワハラ
・その他の労働問題
などについて相談できます。
また、個別労働紛争について、労働局長による助言・指導や、紛争調整委員会による「あっせん」の制度もあります。あっせんでは、労働問題の専門家が労使双方の間に入り、話し合いによる解決を促します。ただし、あっせんは裁判のように会社に参加を強制する制度ではありません。会社が参加しなければ、手続きは進みません。
そのため、会社が有給取得を明確に拒否しており、早期に退職したいなど、具体的な権利行使を確実に行いたい場合には、弁護士への相談も検討するとよいでしょう。
弁護士に相談した方がよいケース
次のようなケースでは、退職日を迎える前に弁護士へ相談することをおすすめします。
ケース1 会社が有給取得を明確に拒否している
「退職者には有給を取らせない」という会社独自のルールを主張している場合などです。
ケース2 退職日までほとんど日数がない
有給の残日数と退職日までの期間が問題になるため、早急な対応が必要です。
ケース3 引き継ぎを理由に出勤を強制されている
「引き継ぎが終わるまで退職できない」「有給は取れない」などと言われている場合には、退職日と有給取得の関係を整理する必要があります。
ケース4 未払い残業代などもある
有給休暇だけでなく、未払い残業代、退職金、ハラスメントなど複数の問題がある場合には、まとめて法的対応を検討できます。
ケース5 会社から書面への署名を求められた
「有給を買い取る代わりに、今後一切請求しない」などの合意書を提示された場合には、署名前に内容を確認しましょう。
退職前の有給消化に関する実務上のポイント
最後に、退職前の有給消化でトラブルにならないためのポイントを整理します。
ポイント1 有給残日数を確認する
給与明細や勤怠システム、会社の有給管理簿などから、残日数を確認します。
ポイント2 退職日を先に明確にする
「○月末ごろ退職したい」ではなく、退職日を具体的に決めます。
ポイント3 最終出社日を逆算する
退職日から逆算して、最終出社日と有給消化期間を決めます。
ポイント4 引き継ぎはできるだけ早く行う
有給取得の権利とは別問題として、円満な退職のためにも引き継ぎは早めに行うことが望ましいでしょう。
ポイント5 有給申請を記録に残す
口頭だけではなく、メールや書面で申請しておくことをおすすめします。
ポイント6 会社の拒否理由を確認する
「忙しいから」なのか、「時季変更権を行使する」ということなのか、会社の主張を明確にしておきましょう。
ポイント7 会社とのやり取りを保存する
メール、チャット、書面などは保存しておきましょう。
まとめ|退職前の有給消化は原則として可能です
退職前に残っている年次有給休暇を取得することは、法律上認められた労働者の権利です。
会社は、単に、「退職する人だから」「引き継ぎが終わっていないから」「人手が足りないから」という理由だけで、退職前の有給休暇を一律に拒否できるわけではありません。労働基準法39条5項では、原則として労働者が指定した時季に年次有給休暇を与えることとされ、会社には「事業の正常な運営を妨げる場合」に限って時季変更権が認められています。
そして、退職日までに残された期間が短く、時季変更権を行使しても変更先となる日が存在しない場合には、会社は有給取得を拒否できない場合があります。厚生労働省も、退職間近の年休取得について、退職によって年休権が消滅することから、使用者は時季変更権を行使できず、年休取得を認めるほかないと説明しています。
一方で、未消化の有給休暇について、労働者が会社に当然に買い取りを請求できるわけではありません。退職時に会社が任意に金銭を支払うことはあり得ますが、会社に買い取り義務があるわけではありません。
また、有給消化中も退職日までは現在の会社との雇用関係が続きます。そのため、転職活動は通常可能ですが、競業避止義務、秘密保持義務、就業規則などには注意が必要です。
失業保険についても、有給消化中はまだ在職中であり、基本手当の前提となる「失業」の状態ではありません。ハローワークは、「失業」を離職後、就職する意思と能力がありながら職業に就けず、積極的に求職活動を行っている状態と説明しています。
会社との話し合いで解決しない場合には、労働基準法違反が疑われる問題については労働基準監督署、個別の労働紛争については総合労働相談コーナーや都道府県労働局の助言・指導、あっせんなどを利用できます。そして、会社が有給取得を拒否している、退職日を変更するよう強く迫っている、未払い残業代やハラスメントなど他の問題もある、といった場合には、弁護士に相談することも有効です。
「退職するのだから有給を使わせてもらえないのではないか」と諦める必要はありません。
退職日、最終出社日、有給休暇の残日数を整理したうえで、できるだけ早い段階から会社に書面で申請し、必要に応じて専門機関へ相談することが重要です。